はじめに
アレルギー疾患の発症、経過を観察すると複数のアレルギー疾患が、時間、原因、臓器を変えながら次から次へと発症することがわかる。馬場實先生は、この現象をアレルギーマーチ(図1)と名付けた。昭和30年台前半、米国イリノイ大学アレルギー科に留学中に受け持ったひとりの患者の経過から考えた概念であると自身で述べている。前後してRatner、中山も同様の現象の報告をしている。これらの先人の観察眼がアレルギーマーチの原点である。
図1 アレルギーマーチ概念図(馬場)
アレルギーマーチの進展にはさまざまな要因が絡んでいる。時代とともに発症や増悪に関わる因子は変化している。疫学調査は極めて重要性である。この結果から原因、予防や治療の道筋が見つかる可能性があるからである。
アレルギー疾患の有病率は1980年台になり、世界的に増加している。1970年代の調査では、アレルギー性鼻炎の初発は少なかったが、2000年以降になると低年齢化は著しい。時間経過とともに発症パターンは変化している。図2、表1、表2は1980年台の調査、図3、図4、表は2000年以降の調査結果である。時代、調査方法、母集団の数が異なるため直接的な比較はできないが、変化していることはうかがい知ることができる。読者の皆さまにはこのような変化の原因がなんだろうと考えを巡らせて欲しいと思います。
図3 2005年と2015年の小中学生におけるアレルギー疾患の合併状況(2000年代の調査)
図2 アレルギー疾患の発症年齢(累積率曲線)(1990年代の調査)
表1 アレルギー疾患の組み合わせ(1980年代の調査)
図4 幼児期のアレルギー症状と8歳時のアレルギー疾患の存在(2000年代の調査)
表2 乳児期におけるアレルギー疾患の発症順(1980年代の調査)
3.発症パターン
小児科領域においては、加齢とともに標的臓器は替わっていく。アトピー性皮膚炎、喘息、アレルギー性鼻炎と進行するパターンが多かった。食物アレルギーはアトピー性皮膚炎の合併が多い事実は知られていた。食物アレルギーは急増し、さまざまな研究が行われている。Goksorらによる検討(図4)では、乳児期のアレルギー症状が多いほどその後のアレルギー疾患の発症が多くなることを示した。乳児期に再発性喘鳴、湿疹または食物アレルギーなどのアレルギー症状が一つだけの場合、8歳の時点でアレルギー症状のない良好な予後であることが分かった。
Masudaら4)は喘息、アレルギー性鼻炎の発症年齢の調査をしている(図5)。アレルギー性鼻炎の有症率が上がり、発症年齢が下がったと推察できる。Bachertらは小児期のアレルギー性鼻炎の存在は成人期の喘息発症の予測因子になると報告している。
図5 喘息児における鼻炎と喘息の発症順序(2000年代の調査)
アレルギーマーチの発症機序
アレルギーの根源であると考えられるIgE値だけでは解決できないことは理解されていたが、現在はアレルギー疾患の本体は好酸球浸潤を中心とする慢性好酸球性炎症であることが分かっている。
慢性好酸球炎症は獲得免疫系と自然免疫系により形成される。従来はnon atopicと言われIgEが低値、抗原特異的IgEが検出できない乳児喘息や成人喘息でも慢性好酸球性炎症が存在することは知られていた。自然免疫系による慢性好酸球性炎症への進展というブラックボックスであった部分が解決し、アレルギー疾患の予防、治療にどのように介入するかの手掛かりができた。
アレルギー疾患によっては獲得免疫系と自然免疫系のどちらが優勢かは異なる(図6)。食物アレルギー、アレルギー性鼻炎は獲得免疫系が優位、アトピー性皮膚炎は自然免疫系が優位である。喘息は炎症が起きるトリガーが様々であり、中間に位置して両者が関わる。
AD:アトピー性皮膚炎 BA:気管支喘息
AR:アレルギー性鼻炎 FA:食物アレルギー
図6 アレルギー疾患の病態における自然免疫系と獲得免疫系の割合
アレルギーマーチの起点となるアトピー性皮膚炎
Lackらによるピーナッツアレルギーの疫学調査から二重抗原曝露仮説が提唱され、食物アレルギーの発症における経皮感作の重要性は認識されるようになった。皮膚のバリア機能の障害はアレルギーマーチの進展につながるという理解は深まった。先に述べたように慢性好酸球性炎症は自然免疫系と獲得免疫系で疾患により、人によりバランスを変えながら成り立っている。松本はアレルギーマーチ進展の過程で新たな抗原に対し抗体産生が開始されるとき、自然免疫系による抗原提示細胞の活性が生じ、IgE抗体産生機構が発動されると述べている。
Horimukaiは乳児期早期からの保湿はアトピー性皮膚炎を抑制することを示したが、今後のデータの蓄積が望まれる。慢性好酸球性炎症を改善し、感作を予防するための早期スキンケア介入の十分なデータはないが、今後の臨床研究が期待される。
アレルギーマーチにおける気管支喘息
アレルギーマーチを構成する疾患の中で、気管支喘息は入院する可能性も高く、発作が生じた場合の苦痛は計り知れない。Tucson Children’s Respiratory Study 6)(図7)により示され、表現された一過性初期喘群、非アトピー型喘鳴群、IgE関連喘鳴/喘息群という分類は、獲得免疫系と自然免疫系による発症の一端を示しているように思われる。
図7 小児期に喘鳴を生じる状態
食物アレルギーの予防
二重抗原曝露仮説が提唱され、食物アレルギー発症における経皮感作の仮説は確立された。早期スキンケア介入は重要であり、早期摂取に関する提言が発表されている。しかし、保護者を指導する側の理解も十分ではなく、さまざまな形で啓もう活動が必要である。
一方、早期摂取することによる予防を実証する臨床研究は散見される。ピーナッツの早期摂取による予防を確認したLEAP study、DEVIL study、鶏卵早期摂取することで予防するPETIT study、ヨーグルト、ピーナッツ、鶏卵、ゴマ、タラ、小麦をランダムに摂取させるEAT studyなどである。しかし、量の設定、具体的な頻度、増やし方など標準的な方法はなく、さらなる検討が必要である。
アレルギーマーチにおけるアレルギー性鼻炎
かつてアレルギー性鼻炎はアレルギーマーチの後半に発症すると考えられていた。最近の傾向としてアレルギー性鼻炎は喘息に先行し発症することも目立ち、アレルギーマーチの中での位置づけにも変化がみられる。
疾患の質を喘息と比較すると、アレルギー性鼻炎は基本的には入院するわけではなく、軽い疾患と考えがちである。しかし、解剖学的に低年齢児は鼻閉を来しやすく、進行すると生活の質はかなり落ち込む。治療は当然必要であり、喘息発症のリスクを抑制することができれば早期からの免疫療法導入のメリットはあるが、今後の研究成果に期待するところである。
未来への展望
アレルギー疾患の治療において、今までもエポックメイキング的な出来事があった。多くは新規喘息治療に関するものであり、DSCG、引き続く経口抗アレルギー薬の出現はインパクトがあった。しかし、病態解明が十分ではなく、なぜ効くか、どこに効くかの理解は不十分であった。現在は1980年代と比較すると、病態の理解が大きく進んだ。ピンポイントで作用する分子生物学的製剤は重症例に使用できるようになったが、依然コントロールできない患児は残されている。
皮膚のバリア機能の改善はアレルギーマーチの予防になる一方、効果はないとの報告もある。皮膚の細菌叢などの関与もあるかもしれない。
食物アレルギーの経口免疫療法に関しても取り組む問題は多い。摂取量や摂取期間の標準化が望まれるが個人差、抗原の性質が異なれば困難は多い。また、経口免疫療法の恩恵にあずかれない患児は少なくない。皮膚感作の重要性とともに経口摂取させることが正しく、除去食療法は否定的に捉えるようになった。しかし、除去することで良好な経過を進む患児もいるはずである。アレルギー患児のQOLを改善させるためにやるべきことは山積している。今後の医療の発展とともに前述した問題は解決していくと考えられるが、疾患が治ることだけが全てではない。病気だけみるのではなく、患児個々をみて個別に問題点を評価し、日常生活の障害を排除する手伝いをする姿勢が求められる。この領域にアレルギー患者をサポートする多職種の関りが必要であり、専門性を持つメディカルパートナー(PAE;pediatric allergy educator, CAI;clinical allergy instructor)の育成が望まれる。また、医療制度の改善や社会の取り組みに目を向けることも必要である。
文献
1)向山徳子,馬場 實.アラジックマーチの臨床.小児科 1988;29:91.
図1、2、表1、2
2)アレルギー疾患の全年齢にわたる継続的疫学調査体制の確立とそれによるアレルギーマーチの発症悪化要因のコホート分析に関する研究,厚生労働科学研究補助金(免疫アレルギー疾患予防、治療研究事業)平成25年報告書 図3
3)Goksör E, The allergic march comprises the coexistence of related patterns of allergic disease not just the progressive development of one disease.Acta Paediatr 2016;105:1472-1479. 図4
4)Masuda S, et al. High prevalence and young onset of allergic rhinitis in children with bronchial asthma. Pediatr Allergy Immunol 2008;19:517-122. 図5
5)松本健治. アレルギーマーチの発症予防.アレルギーの臨床 2019;38: 525-528.
J Allergy Clin Immunol 2009;124:7-12. 図6
6)Taussig LM, et al.: Tucson children’s respiratory study: 1980 to present. J Allergy Clin Immunol 2003;111:661-75. 図7