「輝け! CAI!」は、アレルギー疾患療養指導士(CAI)の資格を活かして、全国さまざまな場所でイキイキと活躍するCAIの仲間たちを紹介するコンテンツです。第1回目は、埼玉県川口市の小児科「Sunnyキッズクリニック」で、アレルギー疾患をもつ子どもと保護者のために専門外来で指導を行っているCAI1期生の薬剤師・石黒奈緒さんに登場していただきました。
「はーい、じゃあ、おててを出してね。ここにお薬を乗せるよ。チョンチョンチョンチョン。そしたら、こっちのおててでお薬をクルクルクルってぬろうね。はい、ぬりぬりぬり。そうそう。わあ、じょうずー! すごーい!」
Sunnyキッズクリニックのスキンケア外来――。CAIの石黒奈緒さんが、ママの膝の上に座った2歳の女の子Mちゃんに保湿薬の外用方法を教えている。
保湿薬は擦りこまず肌に乗せるように置き、しわに沿ってのばしていくのが効果的な塗り方だ。腕の場合、縦方向ではなくラセン状に巻くように塗るのがコツ。これを小さな子でもわかるように、擬音を使いながら楽しく教えていく。その様子は“指導”というよりも、まるで子どもと一緒に遊んでいるかのよう。練習が上手にできたのをホメられて、Mちゃんも嬉しそうに笑っている。
小さな子でも本人にケアの仕方を伝える
石黒さんのホームグラウンドは、千葉県流山市にある小児アレルギー領域の地域基幹病院の小児科。2015年に小児アレルギーエデュケーター資格を取得し、アレルギー外来で小児へのケア指導を行ってきた。たまたまSunnyキッズクリニックの若林大樹院長(7枚目写真右)と縁あって、同クリニックでも定期的にスキンケア外来を行うようになった。スキンケア外来は予約制で1枠30分。外来のある日は一日10数人に指導する。また、外来での個別指導とは別に、スキンケア教室を不定期で開催し集団指導も行っている。
スキンケア外来、スキンケア教室と銘打ってはいるが、教えているのはお肌のケアだけではない。アトピー性皮膚炎以外に気管支喘息や食物アレルギーをもっている子も多いため、アレルギー疾患全般にわたるさまざまな指導を行うことになる。自作の資料を用いながら、喘息の子にはスペーサーやディスカストレーナーを使った吸入指導をし、食物アレルギーの子とはアドレナリン自己注射薬のやり方を練習する。その教え方はクイズ形式を交えるなど、まるでゲーム感覚。こうした子どもとのキャッチボールの延長上に、いつの間にかセルフケアが身についているという寸法だ。子どもの気をそらさない絶妙な教え方とコミュニケーションが印象的だった。
スキンケア外来はまだまだ続く。今度はお姉さんのNちゃん(11歳)に選手交代だ。FTU(フィンガーチップユニット)など外用薬の塗り方の指導が始まった。
「手の人差し指を出してね。指のここのいちばん上の線までチューブからお薬を出すよ。はい、そしたら両手を広げてみて。このくらいの量のお薬を、大人の手のひら2つ分の広さのところに塗るの。じゃあ、ここ、ひじの内側に塗ってみようか。たっぷり、しっかり塗ってね。そうそう、上手、上手」
Nちゃんは小学校高学年。教え方も少し大人っぽい表現だ。石黒さんは、子どもの年齢だけでなく、日頃のおしゃべりなどを通してその子の理解度を測りながら、「本人への指導が可能かどうか」「どんな伝え方がよいか」を判断していく。
アレルギー疾患をもつ子どもへのアドバイスはともすると、患者本人ではなく保護者、主に母親へ向けてのものになりがちだ。でも、石黒さんの指導のスタンスは、子どもと正面から向き合うということ。たとえ小さな子でも、“本人”に伝えることを大切にしている。
「小さいうちはケアの主体がお母さんでも、いつかは成長してセルフケアが必要な時期を迎えます。乳幼児の頃から、いずれやって来る移行期を見すえた指導を行うことが大事だと思っています。本人のキャラクターにもよりますが、お母さんが思うよりも子どもは案外しっかりと反応するし理解してくれることが少なくありません」
外来で子どもが上手にスキンケアをできた様子を見て、驚くお母さんも少なくない。「お母さんがずっと優しくケアをしてくれていたのを、お子さんはちゃんと見ているんですよ。この子は意外とわかっていると思います。もっと信じてあげましょう」とお母さんを気遣いながらセルフケアを促すこともある。
どうしても、アレルギー疾患をもつ子の親は「自分がしっかりしなくては」と頑張りすぎる傾向がある。その大変さを知っているから、石黒さんは保護者へのメンタルケアにも心を砕く。外来で子どもへの指導をしながら、ママのグチに耳を傾けることもしばしばだ。
“疾患”でなく“生活”に目を向ける
「アレルギー疾患の経過は長く、患者さんや保護者はそれぞれの歴史やバックグラウンドを抱えています。外来診察の時間だけではその思いを吐露することがなかなかできません。また、薬のことばかりではなく、生活面の幅広いアドバイスも不可欠です。ですから、医師の限られた診察時間の中でフォローすることはなかなか難しいです。それに、お母さんたちは医師の前ではなかなか本音を出せません。そこを埋めるのが私たちCAIの役割ではないかと思います」
複数のアレルギー疾患を合併する子も多い。多様な指導が必要な場合も多く、アレルギー疾患の全体像を知っていないと保護者とも話ができない。そこにCAIの存在意義がある。
また、アレルギー疾患は「こうすれば治る」という正解が必ずしもない。だからこそ保護者の悩みは尽きない。
「現代は核家族も多く、閉鎖的で孤立した環境でお子さんとの時間を過ごしているお母さんも少なくありません。SNS上での情報収集に頼らざるを得なかったり、根拠のない噂を信じてしまいがちです。だからこそ、私たちが責任を持って正しい知識を伝えていかなければ、と思います」
「疾患や治療だけではなく、患者さん一人一人の背景や生活にも目を向けること。それがCAIに求められる大切な視点」と石黒さん。「アレルギー疾患の治療やケアは病院の中だけでは完結しません。むしろ、日常生活のフィールドに、いかに治療や日常ケアを取り入れていくかという発想も大事です」という。
「例えば、アトピー性皮膚炎や食物アレルギーを持つ子の親は、生活そのものがアレルギーに支配されてしまっていることも少なくありません。『ああ、また薬を塗らなきゃ』とか『あれも食べられない、これも食べられない……』とイライラしてノイローゼ一歩手前になっているお母さんもいる。本来は生活ありきなのですが、逆に治療のための生活になっている、そんな親子をよく経験します。 『ベースはお子さんとそのご家族が楽しく豊かに生活すること。その中にうまく治療を組み入れていきましょう。そのために私たちがいるわけだから、遠慮せずに何でも相談してくださいね』とよく患者さんや保護者にお話しします」
生活を重視するという考えから、石黒さんは病院での指導ばかりではなく、地域での活動にも力を入れている。これまで本拠地の流山市で、学童クラブや子育て支援センターでのスキンケア教室、親子向けのアレルギー教室、保育園や小学校でのアレルギー研修会、さらにはシニア世代向けのアレルギー講座など市民へのさまざまな啓蒙活動を行ってきた。これらもCAIの重要な活躍フィールドのひとつだ。
「とくに、大人の方へのアレルギー講座の講師を務めた際には、すべての年齢層のアレルギー疾患を対象にしているCAIの知識・資格が本当に役立ったと実感しました」
資格はどう活かすかが大切
CAI認定資格を取るには、複数の診療科を横断した広範囲の知識を学ぶことになる。これまで小児アレルギーに特化して活動してきた石黒さんにとって、その勉強は楽しく新鮮な体験だったようだ。
「Web上での講義で、眼のアレルギーや成人の薬剤アレルギーなど小児科では触れない領域のお話を聞くことができたのも興味深かったですし、臨床にも直結しました。幅広い知識を身につけることで、アレルギーにまつわる患者さんからの多様な相談にも根拠を持って対応できる。それもCAI資格を取ることの大きな利点です」
アレルギー全般に精通し、患者さんの身近で寄り添うCAIは、医師にとっても頼りになる存在になる。資格や知識が自信となり、医師とも対等にディスカッションできるような信頼関係が結ばれる。そこにCAIの将来像が見える。
「資格はただの“名札”にすぎません。大切なのはそれをどう活かすかです。そして、CAIの資格を生かすには、自分が働いている医療機関の医師にその役割を積極的にアピールしていくことも必要だと思います」と石黒さんはいう。
アレルギー疾患の指導では、患者さんや保護者との会話や指導の際の雰囲気づくりなども大切な要素になる。コミュニケーションスキルや患者さんの行動変容を促すスキルも身につけておきたいところだ。
いま石黒さんは、CAIとしての活動にどんな楽しさを見出しているのだろう?
「活動の楽しさは、やりがいを感じられることです。専門性を身に着けると、これまで以上に世界が広がります。知識だけでなく、活躍できるフィールドも。そして、 何のためにやっているかと聞かれれば、やはり患者さんのためです。完治は難しいとしても、患者さんのケアの負担を少しでも取り除くことができて、ふっと楽になってもらえる瞬間がある。あるいは、『これまで薬を塗っても全然よくならなかったのに、教えてもらった塗り方をしたらこんなによくなりました』といってもらえることもあります。『やっててよかった』とやりがいを感じるのはそんな時です。いま私はCAIとして心おきなく活動できている。それは本当に幸せなことだと思います。これも、こうした環境を与えてくれた若林院長(写真右)の理解とスタッフのチームワーク、サポートのおかげです」
その語り口には迷いがなく、そしてやっぱり楽しげだった。CAIの資格を取ることで、視野が大きく広がり、アレルギー疾患の“世界”の見え方が確実に変わる。石黒さんは、新しい仲間が全国にどんどん増えていくことを心待ちにしているという。
Sunnyキッズクリニック 若林大樹先生の許可掲載
ライター:嶋 康晃
フォトグラファー:Cosufi