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職業性アレルギー - CAI認定機構

職業性アレルギー

中村 陽一先生

監修者・執筆者中村 陽一先生

豊田地域医療センター
アレルギーセンター長

1.職業性アレルギーとは

 「職業性アレルギー」とは、職場で様々な物質に暴露されることによって引き起こされるアレルギー疾患を意味します。ずっと以前から何らかのアレルギー疾患を持っている人が、あらたにその職場に勤めるようになり、その環境下で症状が悪化する場合は、「労働環境が身体に合わず、悪化した」ことにはなりますが、その職場に発病の原因がある「職業性アレルギー」とは呼びません。たとえば、子供の頃から気管支喘息を患っている人が分煙のできていない職場で受動喫煙によって誘発される喘息発作、以前からアトピー性皮膚炎を持つ人が飲食店勤務で食器洗いに従事することにより悪化する皮膚症状、食物依存性運動誘発アナフィラキシー(何らかの食物の摂取と運動の組み合わせでアナフィラキシーが起こる疾患)の患者が運送業に勤務することにより誘発されるアナフィラキシーショックなどがそれに該当します。職業性アレルギーが起こる場合にアレルギーの原因物質(アレルゲン)が身体に入る主なルートは気道への吸入あるいは皮膚への接触であるため、症状としては呼吸器・気道症状、皮膚・粘膜症状が多く、職業性喘息や職業性皮膚疾患(接触性皮膚炎や接触性蕁麻疹)がよく知られています。そのほか、職業性アレルギー性鼻炎、職業性過敏性肺炎、職業性アナフィラキシー(食物アレルギー、薬物アレルギー、ハチ毒アレルギーほか)などがあります。

 なお、職場環境で特定の物質の濃度が異常に高く、労働安全衛生法で定められている管理濃度・許容濃度を越えているために、その環境で就業する多くの労働者に健康被害が出現するような場合は、「アレルギー」ではなく「中毒」の可能性が高く、法律違反として扱われるべきであり、職業性アレルギーとは別の問題です。また、「化学物質過敏症」は、職場における揮発性有機化合物の濃度が許容範囲であるにもかかわらず、限られた一部の人がその環境による多彩な症状を訴える場合の名称であり、アレルギー反応に類似していますが、そのメカニズムがアレルギーでは説明できず、科学的な説明が難しいことから通常は職業性アレルギーとしては扱われません。

 

2.職業性アレルギーの原因

 職業性アレルギーが疑われる場合は、その人が従事している業務内容から原因となり得る候補物質を選び出し、詳しい問診と合わせて原因アレルゲンを見つけます。アレルゲンは、動植物由来の高分子物質(主にタンパク質)と化学物質や薬品のような低分子物質に分けることができます。前者には、木材粉じん(製材業・大工)、穀物粉じん(こんにゃく製造業)、小麦粉やそば粉(製粉業・製菓業)、蚕の体の成分(養蚕業)、動物の毛・フケ(研究者・獣医)、ホヤ(ホヤ養殖業)、放線菌というカビのような微生物(農家)、キノコ胞子(キノコ栽培)、ハチの毒素(養蜂業者や森林作業者)、ラテックスというゴムの原料(医療従事者)、後者には、医薬品(薬剤師)、化粧品(美容師・理容師)、イソシアネート(塗装業)、ベンゼン(自動車整備士)などがあります。
 
 たとえば、職業性喘息のアレルゲンとしては、従来、粉じんや穀物の粉などの動物・植物由来物質が多かったのですが、最近は医薬品や化粧品などの低分子物質が増えており、原因の特定が難しくなっています。職業性の皮膚アレルギーには様々な疾患がありますが、多いのは接触皮膚炎と接触蕁麻疹です。表1・2に職業性接触皮膚炎、表3に職業性接触蕁麻疹の原因となる物質を示します(職業性アレルギー疾患ガイドライン2016より引用)。化学物質過敏症はアレルギーとは違い、原因となった物質が何であっても、いったん発症すると、全ての化学物質に過敏になると言われています。
 
表1 職業性接触皮膚炎の原因となるアレルゲン

 

表2 職業別の接触皮膚炎

 

表3 接触蕁麻疹の主な原因アレルゲン

 

3.検査と診断

 職業性アレルギーの診断は、アレルギー症状の出現と職場での作業に従事し始めた時期との時間的関係から、「職業性アレルギーではないか」 と疑うことに始まります。多くの場合は、仕事中に症状が悪化することではなく、仕事を休んでいる時に症状が楽になることで気づかれることの方が多いようです。アレルゲンの特定には皮膚反応検査が必要ですが、職業に関連するアレルゲンの多くは検査用アレルゲンが市販されていないため、検査用の材料を手に入れる必要があります。好塩基球刺激試験(Basophil Activation Test:BAT)などの採血で調べる方法もありますが一般的ではありません。原因アレルゲン決定のための王道ともいえるチャレンジテスト(いったん原因として疑われる物質をしばらく遠ざけた後で、わざとその物質に暴露をする検査です)は危険を伴うため、どうしても必要な場合のみ専門施設で実施されます。現実的には、問題となる職場を離れると症状が軽減することの客観的検証で診断に結び付けることが多いと思います。例えば職業性喘息の場合は、就労日に比べて、長期休暇中は簡易式測定機器によるピークフロー値(呼吸機能の一種です)が明らかに改善することを確認することが重要となります。呼気一酸化窒素測定や末梢血・喀痰中好酸球数も同様に有用ですが、医療機関の受診時のみの測定に限られます。

 

4.治療

 治療の基本は作業環境を改善して原因アレルゲンを取り除くことであり、産業医と職場の衛生管理者による職場の換気の改善、間取りの変更、勤務場所の変更、作業方法の改善などが必要となります。薬物治療は、気管支喘息、咳喘息、過敏性肺炎、接触性皮膚炎、接触性蕁麻疹、アナフィラキシーなどに対する各々の治療ガイドラインに沿って実施します。化学物質過敏症は病態不明のためエビデンスに基づく有効な薬物治療はなく、換気励行と空気清浄に努めるべきです。

 

5.予防と管理

 職業性アレルギーに対する予防策の基本は、① アレルゲンとなりうる物質への暴露を減らすための環境整備と、 ② 労働者がアレルギーを発症しないための対策であり、③ 職業性アレルギーになってしまった場合はアレルゲンの決定とそのアレルゲンの除去です。

 ① 職場で「アレルゲンになりうる物質」に暴露されている可能性があれば、それらの物質へのアレルギー体質になる(感作といいます)危険性を最小限にとどめるために暴露を減らす対策をとります。例えば、天然ゴムラテックスを主原料とする手袋の代替としての合成ゴムラテックスの使用、換気システムの性能強化、ロボットの使用などです。

 ② 発症はしていないので通常は気づかれなくても、その職場環境が高リスクであり、「感作」されている可能性があると判断された場合は、労働者の健康に関するアンケート調査やアレルギー学的検査を実施して、感作の可能性を調査します。潜在的な兆候がみられるようなら、部署の移動や配置換えを検討する必要があります。

 ③ アレルギー反応の初期徴候が既に出現しているようなら、原因アレルゲンの確定とその物質の完全除去に努めます。重症喘息やアナフィラキシー歴のある患者は同じ症状をくり返すことにより生命にかかわる事態になることもあるため、必ず医療機関で治療を受ける必要があります。アナフィラキシーの危険がある場合はアドレナリン自己注射(エピペン®)を携帯する必要があります。エピペン®を処方されるべき人は、1)誘因の種類にかかわらず、のアナフィラキシー症状を一度でも経験したことがある人、とくに喘息などの重症化要因をもつ人、2)ハチなどの昆虫毒アレルギー(いつどこで刺されるかわからない)、3)食物アレルギーだが、職業的に完全除去が難しい場合、4)過去に職場でアナフィラキシーを経験しているが、原因アレルゲンが特定されなかった人、などです。あらゆる予防策を実施し、医療機関で治療を継続しても、その職場環境で仕事を続けている限り症状の改善が難しい場合は、転職を検討せざるを得ない場合もあります。

 

 

監修者・執筆者中村 陽一先生

保有資格

  • 日本職業・環境アレルギー学会理事 職業環境アレルギーGL作成委員
  • 日本アレルギー学会功労会員 喘息GL・薬物アレルギーGL・蕁麻疹GL 作成委員
  • 国際喘息学会日本北アジア部会幹事 日本アレルギー協会関東支部長

現職

豊田地域医療センター
アレルギーセンター長